多数意見に逆らうことで、同調を得る

先日、スチャダラパーの野音ライブに行ったのです。

去年に引き続き二度目。

電気グルーヴとのコラボした曲を歌い、トレーナーの下にこのTシャツを着ていて

曲の最中に脱ぐパフォーマンスもありました。

薬物逮捕された人に対して

批判もあるだろうけど

バッシングして反省の意識を持たせるのが主流だったところから、変化してきてることが私は嬉しく感じます。

ファンの間では愛だね!と盛り上がってます、

薬物ダメ絶対!の広告キャッチコピーが崩れてきた時代の流れを感じます。

もちろん、ピエール瀧ではなく女性アイドルや女性タレントだとこうはいかなくて、批判で終わる可能性ありますが…。

誰かが世間に同調しないことを決めることで、反対に同調を集めることもあって

批判を恐れず自分の思うことを発信する大切さをスチャダラライブで感じます。

「運が良い人、悪い人は科学的に証明できる」


京大の藤井聡教授の研究結果が面白かったのです。「運が良い人、悪い人は科学的に証明できる」  
↓こちらを拝見しました「認知的焦点化理論」に基づくと、「運」は科学的に説明できる――藤井 聡(京都大学大学院工学研究科教授・内閣官房参与)

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2019年「幸福度ランキング」過去5年の日本の順位
2015年 46位2016年 53位2017年 51位2018年 54位2019年 58位
下がってきていますねー!!

幸福度が下がると仕事のパフォーマンスが下がり、心身の体調にも影響したり、医療費の高騰にも関わっていくため誰もが関係ないというわけでは実はありません。
京大の藤井聡教授の研究結果が面白かったのですが、「運が良い人、悪い人は科学的に証明できる」という研究。

横軸と縦軸が図になってるとすると横軸は社会的・心理的距離を示し、自分を起点として、家族・恋人→友人→知人→他人……と、右に進むほど関係は遠くなる。
縦軸は時間軸。物事の対処に当たり、思いを及ぼす時間の軸を示すもの。今→数日後→数ヶ月→数年後→社会の未来→地球の未来
この範囲がどちらも広くなっていくと運が良くなるというそう。

★自分ことだけ考えて行動するより、家族や恋人、友人、知人、他人、社会、地球などのことを無意識的にしろ意識的にしろ考えている人
★1日、2日のことを考えてる人より一週間後、何十年後、社会の未来、地球の未来を考えてる人

どちらの軸も広がっている人が必然的に運が良くなっていくそうです。「認知的焦点化理論 」というそうです。
縦軸横軸の範囲がどちらも小さいと利己的になりがちであり自分だけよければ。と考える傾向があるそう。
人には潜在的に悪者をみやぶれる能力があるし、自分のことだけ考える人や利己的な人には近づかずお互い協力できる人を探していくため、感謝しあったり、相手もよくしていこう!と思って行動するため相乗効果で運もよくなるそうです。

一方、利己的な人は皆から避けられるため、結局「こいつは利用できるかも」と言って近づいてくる人と付き合うことが多くなり「自分には運がない、不幸だ」と感じるそうです。
これは幸福度にも関わっていますね!

私は縦軸横軸ないわー!などと反省しなくても良いのですが運が良さそうな人、幸福そうな人は意識的にしろ、無意識的にしろ個以外のことを思って生きています。

孤独はいけないものなのか?

NHKニュースのニュースを見ました。内容は

NHKは先月から今月にかけてLINEを通じて全国の13歳から19歳までの若者1000人に孤独感についてのアンケートを行いました。
その結果、「孤独感やひとりぼっちをよく感じることがある」と答えた人が16%、「ときどき感じることがある」と答えた人が37%に上り、合わせると半数以上になりました。

中略

人間関係が希薄になっていると感じる。人と深く関われず本当の自分を出すことができないという思いが孤独感の背景にあるのではないか」と話しています。

このニュースを見て思ったのです。孤独感はいけないものなのでしょうか。
孤独感やひとりぼっちを感じるのって全世代わりとあるだろうし

私は今も昔も頻繁に感じます。

実際に孤独感を感じたとしても、困ったことは起きてはいませんし、心地よさを感じるときもあります。

私のようにそれがすごく心地よい人もいるし、孤独感と実際の孤立無援というのは全然違う話です。

こういったニュースを見ると

孤独感やひとりぼっちがダメだと思い込む人を増やす洗脳の意図があるように思えてならないのです。

もちろん、本当に孤独感がつらい人もいるでしょう。

ただ、この時代だからこそ、

自分の興味のある分野や好きなことを共有できる人も、わりと簡単に探せる時代になっています。

もし、辛ければ選択肢はたくさんあるから。

自分の内面が平和になると、孤独感もまた肯定できるし

結局は私たちはどんなに孤立していたとしても、

絶対にどこかで誰かと社会とつながって生きています。